井上智博君は,日本の伝統的な手持ち花火である線香花火に関して様々な観点から研究を進めている。線香花火は江戸時代に日本で始まり,黒色火薬と和紙のみを使う最も基本的な花火である。井上君はこれまでの成果で,火花が飛び出し分岐する機構や,儚い色味を見せる機構を明らかにした。その中で,線香花火の律速過程は,液滴の熱伝導現象であり,液滴が連鎖的に分裂することで松葉模様が形成されることを明らかにした。線香花火の松葉に似た枝分かれした火花はカリウム化合物の溶融物の液滴であり,連続的に分裂する液滴は液滴の発熱表面反応からの継続的な熱によって自立する。そして,線香花火の液滴は,飽和蒸気圧が低いため非蒸発性であることを示した。また,比較的低温に起因する線香花火の壊れやすい美しさは,発熱量の減少と硫酸カリウムの融合という2 つの要因によって実現されていることを明らかにした。
これらの研究成果は,長年の謎であった線香花火の科学を明らかにするものであり,伝統的な煙火の美しさの解明を今日の科学技術が紐解いた特筆すべき事例である。また,学術的にも火薬学会に大きく貢献するものであり,火薬学会論文賞に値する。
1980年4月 | 福岡県生まれ |
1999年4月 | 東京大学理科I類入学 |
2005年3月 | 東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了 |
2007年9月 | 東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程中途退学・同助教 |
2012年11月 | 東京大学大学院工学系研究科博士(工学)取得 |
2013年4月 | 東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻特任准教授 |
2018年4月 | 九州大学大学院工学研究院航空宇宙工学部門准教授 |
現在に至る |
論文賞は,火薬関係科学又は技術に関し,顕著な論文を論文誌に発表した社員に授与しています。